Features Vol.01

GINZA SIXの立ち上げに
込められた想い

04

能に限らず、日本の伝統文化の豊かさや
深さに気軽に触れる場として

NOH THEATER

観世清和

Features Vol.01

04

能に限らず、日本の伝統文化の豊かさや
深さに気軽に触れる場として

NOH THEATER

観世清和

GINZA SIXへの移転にかける想い

43年間、渋谷の松濤という閑静な住宅街にあった観世能楽堂が、伝統と革新性が同居する街 銀座の、GINZA SIXという最新のテクノロジーを導入した商業施設に、脈々と守り伝えてきた檜舞台を移築し、新しい能楽堂を構えます。

もともと観世大夫(宗家)の屋敷は、四代前の家元がご維新にともない拝領地をお返しするまで、銀座にありました。その一方で街を歩いていてもお年寄りが目立つ高齢化社会のなかで、若い方々に、能に限らず、日本の伝統文化の豊かさや深さにもっと気楽に触れてもらいたいという想いもあり、移転を決意しました。

特に今の時代、「大和心」が失われつつあることに危機感を感じています。やわらかさ、やさしさ、しなやかさ——それは古来からの日本人のアイデンティティであり、精神的な根幹を成してきたものでもあります。

例えば「鉢木(はちのき)」という能があります。北条時頼が旅僧に身をやつして諸国を巡回する。冬のある日、栃木県の佐野まで来たとき、佐野源左衛門常世に一夜の宿を請います。一家の生活は落ちぶれ、疲弊しボロを纏っている。聞けば「一族に横領され、土地も取られ、散々な体で暮らしています」と。貧しい生活にもかかわらず、常世は粟の飯をすすめ、旅僧に暖をとってもらうために、大切にしていた鉢植の梅、松、桜を切り、焚き火にする。そこで「今夜のおもてなしに」という言葉が出てくるのですが、けして声高には謡わないのです。それが「大和心」であって、「おもてなし」という言葉にしても「これが日本のおもてなしです」と表立って口にすることではないのです。

ただ、この能を舞うのは現代人として呼吸をしている観世清和です。観阿弥や世阿弥が生きていた頃に想いを馳せるのは良いとしても、昔と同じことを、そのまま今の時代の人間ができるはずがありません。時代の変化に対応し、機微に応じた洞察力を備えるということが、芸道だと思います。

多言語を許容する
最先端の能楽堂として

今年7月、世界中の優れた舞台芸術が集うリンカーンセンター・フェスティバルにご招聘いただき、ニューヨークのローズシアターで5日間6公演を大好評の中に上演させていただきました。海外公演は、鑑賞眼の肥えたお客様が多く、日本以上に高い評価を受けることがございます。面を掛けていても場の空気感のようなものがあり、お客様が前のめりで観てくださっている様子が伝わります。彼らは能楽における様式美を愛でてくれます。自分たちにはない世界だからなのでしょう。ニューヨークの人々は能を見事に受け入れてくださいました。

以前、バルト三国のリトアニアで「葵上(あおいのうえ)」を演じた折にも、地謡8人が整然とお扇子を取って、謡を謡い、終わった後にやはり整然とお扇子を置く。その様式美を見て、オペラ歌手でもある文化大臣が「故郷の教会のミサを思い出した」とおっしゃってくださいました。言葉の壁を越えて、自由に能を捉えてくださったのがうれしかったですね。

海外での能公演はオペラのように、字幕を付けるケースが主流です。GINZA SIXでも当初はイヤホンガイドになりますが、多言語対応のためにインフラ設備を整える予定です。さらに新しい能楽堂の重要なテーマである、バリアフリーを積極的に導入したいと思っています。多言語システムを視聴覚障害をお持ちの方のためにも活用するなど、障害者の方が当たり前に、能を楽しんでいただける環境作りを心がけます。また、目付柱の取り外しができることで視覚を広げることができたり、照明設備も従来の能楽堂にはないものを整えたりと、能以外のジャンルの公演にもご活用いただけるように考えています。

新しい能楽堂は、日本の方、海外の方の分け隔てなく、理屈抜きで見ていただける場所でありたい。「事前にお勉強をしないと、能を見れないのかな」と思わないで、まずは足を運んでもらいたいのです。

能の謡(うたい)は、古い言葉です。そこにさらに節が付き、母音が延びる。言葉自体の意味もデフォルメされ、日本人でも聞き取りにくい。だからこそ「どうして舞台の柱は4本なのですか?」などと理詰めで理解しようとしないで(笑)、自由に感性豊かに受け止めてもらえたらと思います。

新しい能楽堂が理想とする風景

私はワーグナーが大好きで、一昨年、家内と一緒にバイロイト音楽祭に伺いました。ワーグナーだけを演目とする有名なフェスティバルなのですが、ワーグナー自身が設計して1876年に完成した木造の祝祭劇場のあらゆる素晴らしさに圧倒されました。

バイロイトの閑静な丘の上にあって、そこに向かってなだらかに上がってゆくアプローチを見て、気持ちが高揚します。開演5分前になってもアナウンスもなくて、鐘がささやかにチリンチリンと鳴るだけ。そうするとお喋りをしていた人もなんとなく劇場に入っていく。各扉の係はそこに立っているだけで、大声で誘導もなければ、チケットのチェックもしない。クロークの係はたった一人なのに行列ができない。

つまり、お客様と主催者の関係は、阿吽の呼吸ともいえる成熟されたマナーで、成り立っているわけです。ヨーロッパにしかないスマートさだと思いました。

新しい能楽堂が、このようなサービスをすぐに提供するのは難しいのですが、生の体験に触れることで、心が生まれ変わることを伝えることはできます。GINZA SIXには洗練された食の空間が誕生すると伺っています。素晴らしい体験の後ではワインや食事の味も変わるはずです。

新しい能楽堂は少しでもそんな風景がある場所を目指せたらと思っています。

(2016年9月インタビュー)

Interview and Text by Yuka Okada / Photographs by Satoko Imazu

観世清和
二十六世観世宗家

1959年東京生まれ。父は二十五世宗家 故左近元正。室町時代の能の大成者、観阿弥、世阿弥の嫡流。二十六世観世宗家として能楽界を牽引する。国内はもとより海外公演も多く、「箱崎」「阿古屋松」などの復曲、「利休」「聖パウロの回心」など新作能にも取り組む。重要無形文化財総合指定保持者。芸術選奨文部大臣新人賞、同文部科学大臣賞、伝統文化ポーラ賞大賞、フランス芸術文化勲章(シュバリエ)、紫綬褒章など受賞(章)多数。

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観世清和
二十六世観世宗家

1959年東京生まれ。父は二十五世宗家 故左近元正。室町時代の能の大成者、観阿弥、世阿弥の嫡流。二十六世観世宗家として能楽界を牽引する。国内はもとより海外公演も多く、「箱崎」「阿古屋松」などの復曲、「利休」「聖パウロの回心」など新作能にも取り組む。重要無形文化財総合指定保持者。芸術選奨文部大臣新人賞、同文部科学大臣賞、伝統文化ポーラ賞大賞、フランス芸術文化勲章(シュバリエ)、紫綬褒章など受賞(章)多数。