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Vol.7 本はこれからも必要か?
講師 幅允孝 Yoshitaka Haba

CREATIVE SALONとは…

大人の遊びと学びの場、「LOUNGE SIX CREATIVE SALON」。 多様な分野から気鋭のアーティストをお招きし、クリエイティブな学びの場となるGINZA SIXのVIP会員様だけにお届けするプログラムです。

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2019 Vol.7 本はこれからも必要か?

7回目のCREATIVE SALONの講師はブックディレクターの第一人者、幅 允孝さん。大学卒業後、書店員として青山ブックセンター六本木店に就職したものの、聡明期のアマゾンやインターネットの登場で売り上げが如実に下がっていく現場を目の当たりに。来店客数の減少にストレスを感じるなか、『POPEYE』『BRUTUS』『TARZAN』といった雑誌の創刊編集長として知られる石川次郎氏の会社に転職。2003年に六本木ヒルズのオープンと同時にけやき坂下に誕生した「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」での立ち上げにおける15,000冊の選書を担当したことがきっかけとなり、今では全国各地の公共図書館を中心に、海外ではロンドンのジャパン・ハウス、企業図書館や病院図書館まで、実に様々な場に本を持っていく仕事に勤しむルーツと語る。

なお、この日のトークはというと、自らが代表を務める有限会社BACH(バッハ)の代表的な仕事を特徴ごとに伝えることで、本の必要性を投げかける内容に。

例えば愛知県長久手市にあり、トヨタ車だけでなく世界の名車が揃う「トヨタ博物館」のブックカフェでは、工房や職人の撮影をライフワークとする南アフリカ出身のコト・ボロフォがロールス・ロイスのクラフツマンシップに焦点を当てた写真集『Rolls-Royce Motor Cars』(Steidl)と、漫画の『ちびまる子ちゃん〜私の好きな歌』(集英社)とを並べて陳列。なぜゆえここでちびまる子ちゃんなのかというと、エピソードの一つにまる子が花輪くんの爺や所有のロールス・ロイスに乗せてもらう下りがあるからだとし、曰く「図書館では絶対に一緒に並ぶことがなかったり知らない本を偶然手に取れる、昔の本屋の光景にあったような機会が欲しいと思って、こうした『編集型の本棚』を提案している」と幅さん。

他にも最先端の眼科医療の研究と治療、さらにリハビリや社会支援を行う「神戸市立神戸アイセンター」の“ビジョンパーク”と名付けられた待合所の選書では、視覚障害者たちとのコミュニケーションを重ね、匂いのする絵本『おともだちカレー』(世界文化社)、全盲の作家が視覚障害者でもリアリティを感じる言葉を綴った『でんしゃはうたう』(福音館書店)などを提案。一方でモノクロは無理でもコントラストがはっきりしたカラー写真なら愛でることができる弱視障害者に向け、その目でなく心に鮮明に記憶されているアイコンと捉えた篠山紀信の写真集などを選書。公共性を保ちながら、本を通じてささやかな課題の解決にも取り組んでいると語った。

そこから後半は幅さんがお勧めしたい本から、まさに「本のこれからの必要性」をゲストと共有する時間へ。ここでの話は幅さんの編集者としての一面ともリンクさせながら、兵庫県の城崎温泉でのプロジェクトを紹介。ご存じ城崎といえば、志賀直哉が1917年に発表した『城の崎にて』でも知られる通り、武者小路実篤や有島武郎らが逗留して作品を生み出した地場でもある。その歴史を踏まえた上で、城崎温泉がある兵庫県豊岡市の政策アドバイザーを務めることになった幅さんが提案したのが、関西のご当地作品を数多く上梓する人気作家の万城目学に実際に城崎温泉に来てもらい、まさに志賀直哉が逗留した旅館「三木屋」の一室で書き下ろしてもらうという取り組み。しかもできあがった小説『城崎裁判』をあえて東京の出版社でなく、「本と温泉」という出版NPOを立ち上げ、入手場所を城崎のみに限定。あえてインターネットでは売らないと決めただけでなく、装丁に実際のタオルを用いた防水ブックにすることで風呂でも読める本にした結果、第二弾には湊かなえを迎えるなど、以降のシリーズも1万部を超える売り上げで成功を収めているという。

さらに装丁という点では、テキスタイル・アーティストのシェイラ・ヒックスの作品集『Weaving as Metaphor』(Bard Graduate Center)をゲストに回覧。彼女の作品を彷彿とさせる羊毛の塊のような小口をデザインした、世界的なブックデザイナーで知られるイルマ・ボームに言及。「デジタルのインターフェイスでは表現ができない装丁の面白さと必要性」を伝えた一方、最後は会場となったLOUNGE SIXのエントランス付近にディスプレイされたnendoとのコラボレーションだという試作段階のオールインワンブックシェルフの前にゲストとともに移動。そのコンセプトを紹介する一幕も。

すなわち、そうした本の啓蒙活動に込める想いを「本は昔ながらのメディアや趣味人しか手に取らないものだと思われがちですが、まだまだ人間を動かす力があるんじゃないかと信じている。なんでもデジタルで検索できる世の中だからこそ、電源が切れたときにその人の根っこに何が根付いているのかが重要だと思うんです」と言葉にした幅さん。そして本が最も売れていた1996年と比較すると70パーセントも売り上げがシュリンクされているとはいえ「好きなことにしがみついて生きていきたいんです(苦笑)」と信じる道を突き進む幅さんの仕事のあり方。本の話になると嬉々として雄弁になる姿に、いつものCREATIVE SALON以上に真摯に聞き入るゲストの様子も印象的だった。

Q&A インタビュー

  • Q

    最も影響を受けた本はありますか?

    よく聞かれるんですが、なかなか難しい質問で…。例えば、確か高校1年くらいのときに読んだ、コロンビアの作家でガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』でしょうか。それまでは「何かをわかろう」と思って本を読んでいたんですが、いい意味で、わからない面白さみたいなことに目覚めたところがあります。ちなみにガブリエル・ガルシア=マルケスは1982年のノーベル文学賞を受賞して、受賞式に初めて民族衣装を着て臨んだ人でもあります。

  • Q

    本との出会いにはどんな原体験があるんでしょうか?

    母親の教育方針というか、結果論なのかもしれませんが、本だけがお小遣いが別制度だったんです。子供の頃に流行っていたガンプラとかミニ四駆とかを買ってお金がなくなると、本屋しか行く場所がなくなって。愛知県津島市の駅前にある極小本屋だったこともあって、当時はツケで買えたんですよね。月末になると店に母が支払いに行ってくれていました(笑)。

  • Q

    忙しいなかで、新たな本を読む時間はどう捻出していますか?

    それが時間はけっこうあるんです。仕事柄、全国各地の移動に取られる時間も多いのと、基本的にフィジカルで考えるタイプでもあるので、読書も企画が動きながらの方がはかどる部分もあって。何れにしても僕自身はもちろん、スタッフも含め少数先鋭にこだわってクオリティを下げることなく、これからも本という好きなことにしがみついていきたいと思っています。

PROFILE

幅 允孝 Yoshitaka Haba
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として『Library of the Year 2019』の「大賞」と「オーディエンス賞」と同時受賞した札幌市図書・情報館、2020年3月に開館予定で「絵本と児童文学の間で幼年童話に力を入れている」(幅さん)と話す、安藤忠雄建築の「こども本の森 中之島」のクリエイティブ・ディレクションを担当している。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手がけ、JFLのサッカーチーム「奈良クラブ」のクリエイティブディレクターも務めている。早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。 Instagram: @yoshitaka_haba

Text:Yuka Okada(edit81)
Movie&Photos:Keiichi Niiyama


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