BIG CAT BANG:THE FINAL
ヤノベケンジ インタビュー
生命は宇宙からやってきて、また宇宙へ還る。そして地上へと宿る

GINZA SIXの中央吹き抜け空間を舞台に、無数の宇宙猫と浮かぶ宇宙船が織りなす、まるでSF映画の一場面のような大規模インスタレーション《BIG CAT BANG》。2024年4月の登場以来、その圧倒的なスケールとユーモアで多くの人々を魅了してきたこの作品も2025年9月6日(土)に幕を下ろします。このフィナーレを「BIG CAT BANG:THE FINAL」と題し、新作彫刻《SHIP'S CAT Cosmo Red》の公開に加え、実際に宇宙(成層圏)への打ち上げや大阪への“着陸”など、物語のクライマックスを展開します。

― 1年4ヶ月という長期間の展示となり、多くの方に見ていただくことができました。作品が持つストーリーにどんどん巻き込まれていく感覚もあり、作品があるだけで、まわりが影響されていく力がありますね。
「“猫いっぱいいる!”とか、“なんで猫が飛んでいるの?”など、驚きをもって作品を見ていただいて、目を楽しませたり、脳みそを動かすきっかけになったのかなと思います。多くの人の心に引っかかってくれたのは良かったですね。
4Fの展示空間付近にあるモニターで、僕の作った妄想ストーリーをショートムービーとして流していて、宇宙から来た宇宙猫が絶滅して、今そばにいる猫はその生き残りかもしれないという内容なのですが、それを見た人が、いつも怠けてゴロゴロしてる家にいる猫だけど、実はすごい使命を帯びてやってきてくれたのかもしれない、みたいに思ってくれていたり。SNSの反応でも、自分との強い結びつきを持って受け止めてくれていて、おもしろいですよね。
僕が考えたコンセプトとか、ストーリー以上に、作品を見た人が、自分の中でイマジネーションを広げて、《SHIP'S CAT》が広がっていくのを、多くの人々の声から感じましたし、銀座の真ん中のGINZA SIXに存在していたということも含めて、ある種の社会現象に近いところまでいったのかな、と思っています。」
ヤノベケンジ「BIG CAT BANG ~宇宙猫の大冒険~」ストーリー動画
― 《SHIP'S CAT》の見守ってくれてるような表情、あの不思議な目もずっと見てしまいます。「BIG CAT BANG:THE FINAL」でエントランスに設置された最新作《SHIP'S CAT Cosmo Red》の少し振り向いている様子も、何かを問いかけているようにも見えるし、“先に行ってるね” と言っていそうだし、尻尾がちょっと手招きしてるようにも、決断を迫られているようにも見えるし……
「もちろん、目を含む表情やポーズ、細かなところまで、技術的な観点で美的体験ができるように、僕の知っている限りの彫刻だとか、芸術の情報、歴史をとりいれて、その美意識を植え付けようとしています。
あとは、今は世の中自体がひっくり返ったような、とんでもない状況になりつつある。「ビッグファイブ(5大絶滅事件)」と呼ばれる5回の大量絶滅の危機があり、次の「ビッグシックス」は人類の環境破壊や戦争が絶滅を引き起こすのではないかという警告、警鐘の物語を、このインスタレーションに埋め込んだのです。多くの人の目に触れる場所で、思考を開き、作品を展開するにあたって、ちょっと深い、現在に対する洞察力みたいなものを入れ込みたいという思いがあり、それが実現できたっていうね。これはGINZA SIXや岡本太郎記念現代芸術振興財団の方々の理解を含めて条件が揃わないと生まれないインスタレーションだったのかなと。感慨深い気持ちで、このファイナルを迎えています。
美術作品というのは鏡みたいなもので、まあ、見る人がどれだけ自分とか時代を投影できるかが重要だと思うんですよね。」
ヤノベケンジの最新作《SHIP'S CAT Cosmo Red》がエントランスに登場。 宇宙飛行士を思わせる佇まいをもつ新作彫刻は、今まさに宇宙へと旅立とうとする宇宙猫の姿をした象徴的存在です。 (Photo:Yasuyuki Takaki)
― 《SHIP'S CAT》も宇宙へ旅立つそうで。※1
「宇宙から来た猫を宇宙に返すプロジェクトで、それもちょっとバカバカしい話ですけど、それが現実に行われることになったんです。フィギュアを一体、成層圏まで飛ばして、地球を背景に無重力状態で猫が浮かんでいる...荒唐無稽なことが、多くの人の手によって現実化されるというね。《BIG CAT BANG》が本当に多くの人の心の中で自由に育っていって、その勢いで宇宙まで運ばれることになり、僕自身も想定外で想像以上の不思議な体験になりそうです。
自分自身も、今の地球上で起こっていることを遠い宇宙の彼方から、こう冷静な目で俯瞰して見つめ直すということになると思うので、新しい視点が獲得できることになるのではないかと思ってます。
― 宇宙的視点ですね。《BIG CAT BANG》は吹き抜け空間が宇宙と化してますが、場所によって作品の見え方が変わるので、来館される方々が夢中になってフロアを回遊されている姿がたくさんあったのも印象的でした。
「GINZA SIXの建物の構造は素晴らしくて、エスカレーターに乗ると、移動しながら作品がみれる。それが映像的で物語のようなんですよね。映画のワンシーンを見るように、実際の作品を鑑賞できる。そんな視点を動かせられる建物の構造と相まって、作品がよりよく見えたと思います。」
2024年4月 GINZA SIX中央の大きな吹き抜け空間を、地球を含む銀河と捉え、岡本太郎の《太陽の塔》へオマージュを捧げた宇宙船と無数の宇宙猫が宙を舞う。館内には《SHIP'S CAT》シリーズの彫刻作品を展示。(Photo:Yasuyuki Takaki)
― 確かに、猫が飛び出してくるような臨場感を感じます。構造は最初から意識されていましたか?
「僕はGINZA SIXでの展示のお話をいただいたときに、まず現場をみて、空間の豊かさに惹かれました。360度いろいろな角度から、視点の高さを変えながら、作品を見られる空間で、さらに作品を空中に展示できる場所なんて、美術館を含めても他にはない。
自分の中でそれに近い構造のものは何かなと考えたときに思い出したのが、《太陽の塔》の内部《生命の樹》の空間でした。《太陽の塔》の中に、地球上の生物の進化の過程を展示していて、それをエスカレーターに乗りながら、上へと進んでいくという。1970年の大阪万博に影響を受けた僕自身が、この空間で展開するのであれば、《太陽の塔》の中にあった生命の物語を未来に導く話を作ることができるのではないかというのが、この《BIG CAT BANG》の構想のきっかけでした。」
― クリスマスには翼の生えた宇宙猫が屋上に登場しました。
「《BIG CAT BANG》の物語の中で、宇宙猫が絶滅して、天に召されていくというストーリーではあるのですが、大阪万博の大屋根を《太陽の塔》が突き破ってでてくるような構造を、GINZA SIXの建物自体にももたらしたいと思って、吹き抜け空間の天井を突き破って屋上から顔を出す、そんなメタファーもありました。《BIG CAT BANG》自体もイマジネーションの爆発、芸術は爆発だという岡本太郎さんの言葉を借りながら広げたいという思いもありました。」

2024年11月~2025年1月 天使の様な翼をたずさえた《SHIP'S CAT(Ultra Muse / Red)》が、ホリデーシーズン限定でGINZASIX 屋上庭園にて開催したROOFTOP Star Skating Rinkに登場。(Photo:Yasuyuki Takaki)
― スケートリンクで遊ぶ子どもたちを《SHIP'S CAT》が優しく見守っているようにみえて微笑ましい光景でしたし、《BIG CAT BANG》にはその場からなかなか離れなかったり、何度も見に来る子どももいたようです。
「僕も《太陽の塔》を幼少のころから見ていて、すごい影響を受けたし、いつかは自分も多少なりとも与える側になりたいという、クリエイティビティに対する、承継と信頼みたいなものを持ってアーティストをやってきているので、そう受け止められることは幸せですね。
小さい頃から、絵を描いたり、工作をするのが好きで。それをやっている時が一番幸せだし、作ったものを人に喜んでもらえたりすると、なお嬉しいっていう時間を、ずっと今まで続けている感じですね。今も毎日朝起きたら『ああ、今日はあれを作りたいから早く工房に行ってあれしよう、これしよう』っていうのが楽しくて、朝一番に工房に行ってものを作っています。
なかなか大変な時代なんでね、夢を見られる世界をちゃんと作れているかは考えますね。次の世代に返していくことも役割かなと思っているので。」
― 《LUCA号》は、大阪に着陸するとか。※2
「そう、宇宙船は、《太陽の塔》がある大阪に着陸します。《BIG CAT BANG》はGINZA SIXで実現できた大きな機会でもあり、それによって多くの人の心に宿ったことでもあるので、最後まできちっと着地させたいという思いもあって。それも物語ですよね。《SHIP'S CAT》は実際に宇宙に帰る、そして《LUCA号》は、大阪に着陸する。さらに、解体されアートピースとして皆さんの手元に届く。GINZA SIXの400体の宇宙猫《SHIP’S CAT (Flying)》も展示終了後、皆さんの手元に届けたいと思ってます。そんな、いろんな人が妄想に乗っかれたプラットフォームになったように思いますね。
僕も最初はそこまで考えてなかったんだけど、想定以上に皆さんの思い入れの方が大きく広がっていってくれて。ちょっとびっくりしてるところはありますね。思いついた物語というのは、僕が個人で考えたことかもしれないけど、集合的無意識に触れるような、人類の根源にある記憶みたいなものとつながるようなもの、僕がそれに触れるようなものをたまたま作れただけで、広げていったのは、見てくれた人たちなのかな、と思います。皆さんとともに作り上げた物語ですよね。その物語にやっぱり人は惹かれていくんだなぁというのも強く感じましたね。」

― 《SHIP'S CAT》はどこまで行くのでしょうか。
「どこまで行くのかって、宇宙まで本当に行きますからね。《BIG CAT BANG》は、現時点での僕の最大で最高傑作。それを今後どう更新していくのか、それは僕自身も楽しみです。自分自身にどれだけ生み出す力があるのかを知りたいというのが、僕がつくり続ける理由なのかもしれないですね。」
※1 2025年8月 宇宙へ旅立つフライングキャットプロジェクト / 主催:株式会社ゆめみ
《BIG CAT BANG》のインスタレーションで吹き抜け空間に浮かぶ猫たちのうち、一体の「フライングキャット」が、実際の宇宙空間へと打ち上げられるプロジェクトが進行中。
※2 2025年秋 LUCA : THE LANDING/主催:おおさか創造千島財団
中央吹き抜け空間に浮かぶ宇宙船「LUCA(ルカ)号」は展示終了後、大阪の地への“着陸”を計画中。着陸のためクラウドファンディングを8月から実施予定。

ヤノベケンジ|現代美術作家、京都芸術大学教授
1965年、大阪生まれ。1990年代初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに機能性を持つ大型機械彫刻を制作。ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外から評価が高い。2017年、「船乗り猫」をモチーフにした、旅の守り神《SHIP'S CAT》シリーズを制作開始。2022年に開館した大阪中之島美術館のシンボルとして《SHIP'S CAT(Muse)》(2021)が恒久設置される。