
創造の森 カランコロン
6月22日の日曜日。梅雨とは思えない青空と日差しの中、東京の街を見下ろすGINZA SIXの屋上庭園で、「創造の森 カランコロン」と題した子ども向けワークショップが開催されました。
GINZA SIXでは、子どもたちのために、毎回、一流の講師陣を迎えて、カルチャー・アートを中心に「SCUOLA GINZA SIX(スクオーラ ギンザシックス)」というワークショップシリーズを企画・開催しています。
今回は、日本文化の象徴でもある「木」に着目。木を五感で楽しみ、自ら何かをつくりだす喜びを体験するワークショップが実現しました。
この日の講師は、ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM教育者、メディアアーティスト、そして日本人女性唯一の数学オリンピック金メダリストと多方面で活躍し、大阪・関西万博「いのちの遊び場 クラゲ館」のプロデューサーも務める中島さち子さん。
今回のワークショップで使うのは、樹齢100年の吉野杉の端材からつくられた木片。ハガキ大の木片5枚に思い思いに絵を描いてもらい、紐でつなげて楽器「カランコロン」をつくります。これを紐で吊るしてバチで叩くと、カラン、コロンと美しい音が響きます。最後に中島さん率いるバンド「KURAGE Band」の皆さんと一緒に即興演奏を楽しもうというのが、今回の企画です。
この木片で楽器をつくるというアイデアは偶然生まれたものと中島さん。
「木片を叩いてみると、とてもいい音がしたんです。(クラゲバンド 韓国太鼓奏者 の)チェ・ジェチョルさんが、紐でぶら下げた木片をカラン、コロンと鳴らしているうちに、簡単なのにいい音が鳴るので、これを楽器にして遊ぼうと決まったんです」。
ワークショップ当日、受付を済ませた子どもたちがテーブルに着くと、目の前に置かれた5枚の木片に興味津々の様子。さっそく木を振ってみたり、裏表の模様を不思議そうに眺めたりする子も。
ワークショップの冒頭、中島さんが「木が好きな人!」と呼びかけると、たくさんの子どもたちが手を挙げます。今回の木片は、奈良県吉野地方で生産される国産高級杉材「吉野杉」の端材を加工したもの。木片を提供してくれたのは、広大な山林で吉野杉を育てている豊永林業株式会社の永田泰祐さんと、さまざまな木材の加工を手がけている株式会社大谷木材の大谷宏則さんです。
永田さんは「私のひいひいおじいさんが100年前に植えた木を、ひいおじいさん、おじいさん、お父さん、そして私が順番に大切に育ててきました」と説明すると、子どもたち中から「えー」とか「100年!」と驚きの声が。
吉野杉は、ゆっくり時間をかけて育つのが特徴で、年輪の幅が細かくなるため、強度に優れた木材になるのだそうです。そして大谷さんが「今日は木にいっぱいふれて、木を大好きになって帰ってください」と笑顔で呼びかけました。
中島さんが「今日は、人間と一緒に暮らしてきた木の端の部分を使って、カランコロンという楽器をつくります」と説明した後、バンドメンバーに声をかけると、前出の韓国太鼓担当のチェさんはチャンゴと呼ばれる韓国太鼓、パーカッション担当の小林武文さんはジャンベというアフリカの打楽器、ベース担当の織田洋介さんは大きなコントラバス(ウッドベース)を持って登場。さらに、子どもたちの作品をデジタルアーカイブにしてくれるメディアデザインアーティストのニック(張宸赫)さんも登場しました。
「これがカランコロンです!」
中島さんはサンプルを見せながら、「創造の森」と名付けた木製ラックに吊り下げました。子どもたち全員の作品が集まれば、本当に森のようになるというわけです。バンドメンバーのチェさんと小林さんがサンプルのカランコロンをバチで叩き始めると、不思議な音色が響き、子どもたちは身を乗り出します。
「では、絵を描き始めましょう!」
中島さんが声をかけると、子どもたちはさっそくテーブルに用意されたカラーペンで吉野杉の木片に思い思いの絵を描き始めました。
次々と色を変えながら木片をカラフルに染めていく子、木片に触りながら「すべすべだね」と目を輝かせる子…。それぞれがそれぞれの感性で木とふれあっています。
その日の気温は33度。小さなアーティストたちは、暑さも忘れ、真剣な表情で創作に熱中。多彩なアートが美しい吉野杉の木目の上に現れてきました。中島さんが万博クラゲ館のプロデューサーを務めていることから、クラゲやミャクミャクの絵も。
中島さんをはじめ、バンドのメンバーもテーブルを熱心にまわりながら、「色づかいが素敵」とか「すごいアイデアだね」などと子どもたちに声をかけ、ときに相談に乗ったり、会話を楽しんだりしています。
できあがった作品は特殊な撮影装置でデジタル画像も作成。このデータは、後日、ニックさんがデジタルアーカイブの専用ウェブサイトに仕上げます。自分のカランコロンをクリックして音を楽しんだり、ほかの子がつくった絵を見たりすることもできます。
デジタル撮影の後は、適当な間隔で玉結びをつくった紐に5枚の木片をバランスよく取り付けたら、カランコロンの完成です。
子どもたちは、できあがったカランコロンを次々に「創造の森」のラックに吊り下げていくうちに、子どもたちのアイデアと思いが詰まったカランコロンでいっぱいになりました。
子どもたちは、バチを手に音色を確かめるように叩きはじめます。すると、パーカッションの小林さんがユーモラスに動き回りながら、強弱をつけて鳴らす不思議な楽器の音に合わせ、自然に子どもたちもリズムをとり、強弱をつけて叩き始めます。
盛り上がってきたところで、ピアノに移動した中島さんのリードでバンドが演奏を開始。演奏に合わせて子どもたちも自分のカランコロンを叩く即興のセッションが始まりました。
五感を頼りに、その場の空気、お互いの音を感じながら進む演奏。バンドと子どもたちが紡ぎ出す熱いリズムと音色でいっぱいになります。やがて演奏はエンディングへ。終わった瞬間、子どもたちの表情は達成感と笑顔にあふれていました。
演奏を見守っていた豊永林業の永田さんは、「子どもたちの取り組む姿を見ているだけで楽しくなりました」と満足げな様子。大谷木材の大谷さんもうなずきながら、「いい音で感動しました」と子どもたちに大きな拍手を送っていました。
ワークショップを中島さんが振り返ります。
「この屋上庭園は、開かれた空間で、とっても気持ちがいい場所。誰でも来ていいよと誘ってくれているようですね。そんな空間で、みんながふと出会って、一緒に何かをつくる経験を通して、喜びを分かち合うって、とても素敵なことです」
特に中島さんが今回のワークショップで重点を置いたのが、「何かをつくりだす」喜びでした。
「一方的に教わるのではなく、自分たちがつくる。音楽家の演奏をただ聞くのではなく、自分たちが主役になって音を紡ぎ出す。それがつくりだす喜びです。しかも、きっちりとしたルールは作らないし、カランコロンは風に揺れるから完全にコントロールしきれません。そういう筋書きがない楽しさを感じてもらえたんじゃないでしょうか。周囲の空気や気配を感じながら演奏するという経験も初めての方も多かったかもしれません。絵も音も、正解なんてないんです。なんでも正解。ただ、互いを感じあうこと聴き合うことは大事。実際にみんなが思い思いに奏でた演奏に、誰もが満足感を覚えたはずです。正解は自分たちで全身でつくっていいんだということが伝わったと思います」
中島さんの思いは子どもたちの心にしっかりと届いたようです。何よりも晴れ晴れとした子どもたちの表情がすべてを物語っていました。
中島さち子
音楽家・数学研究者・STEAM 教育者。
(株)steAm 代表取締役、(一社)steAm BAND代表理事、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー、内閣府STEM Girls Ambassador、東京大学大学院数理科学研究科特任研究員。国際数学オリンピック金メダリスト。資生堂クレ・ド・ポー ボーテより、STEAM分野(科学、技術、工学、芸術、数学)の教育に貢献した女性を表彰する「Power of Radiance Awards 2025」を受賞。音楽数学教育と共にアート&テクノロジーの研究も進める。
豊永林業株式会社
ほうえいりんぎょうかぶしきがいしゃ/1967年設立。日本で最も早く人工造林が始まった吉野の林業地で、現在16代目にあたる山主が所有する1500ヘクタールもの山林を管理。地拵え、植栽、下刈り、枝打ち、間伐など、日々山の整備に勤しむ。
株式会社大谷木材
かぶしきがいしゃおおたにもくざい/大正4年創業。奈良県下市町にて製材所を営む。地元吉野の銘木をはじめ県産材を中心に、素材の魅力を活かした品質の良い木材を造り出す。歴史博物館や店舗用の建築材、メディア向けのセット用材木など納材先は多岐にわたる。多くの家庭に無垢材を取り入れてもらいたい思いで、テーブルやまな板製作にも取り組む。
Photo:Mashiro Usami
Text:Eiichiro Saito
Production:President Inc.